記録

恨み辛みや裏話

ショートショート「生命体X」

「N博士、遂に完成しました!」
助手のS君が大声をあげた。
我々は知的生命体 (以後生命体Xと呼ぶ) の発展シミュレータの開発を行ってる。
数年前では考えられなかった事だが、量子コンピュータ技術の確立により高度な演算を要するシミュレートが可能になった。
その技術を用いて研究を行っているのが、この発展シミュレータだ。
いや、今となっては行っていた、になるだろうか。
「ここまで長かったな。祝いたい所だが、早速起動してみよう」
S君の操作によって画面上にシミュレータのウィンドウが写し出される。
暫くして読み込みが終わり、設定画面が開かれた。
「設定はどうします?最初ですし優しい環境にでもしますか」
頷いてやると、S君は次々と設定を入力していった。
この設定は生命体Xがどのような環境で過ごすかを定めることができる。
更には生命体Xの能力の幅や、世界に存在する擬似的な原子の数など、ありとあらゆるものまでも設定できる、優れものなのだ。
「ご存知かと思いますが、設定には時間がかかるので、博士はお休みください」
「ふむ、それではよろしく頼む。細かな条件は地球の物に似せておくと良い」

「博士。設定が終わりました」
「ご苦労。では、始めるか」
合図と共に、数十匹の生命体Xが大地に生成された。
猿に似たそれらは、散り散りに散策を始めた。
「博士の仰る通り、設定は地球に似せました」
「それと、下のバーでシミュレータの時間を進めることができます」
「変化がある時間まで、進めてみようか」
数日進めていくと、生命体X達は群れを形成し始めた。
更に数ヶ月進めていくと、動物を集団で狩っているのが見られた。
「明らかに、原始人だな」
そして繁殖を繰り返し、複数の群れを形成していった。
進めるにつれ、彼等は二足歩行になり、火を道具にし、石を磨くようになった。
「人類の一生を辿っている様ですね」
「ここまで似るとは。本当に凄いシミュレータを作ったんだな。私達は」
「そうですね。それにしてもここまで一致すると、何処まで一緒なのか気になりますね」
「私もそう思っていた所だ。早送りにしてどんどん見ていこうか」
人類の辿った歴史と多少の差異はあったが、それでも、最終的に生命体X達は電気をも手にいれた。
理論立てた私が思うのもおかしな話だが、ここまで高性能なシミュレータになるとは。
「博士、見てください。コイツら、パソコンらしき物まで作りましたよ」
唖然として、声が出ない。それくらいには、驚いたのだ。
「もしかして、これを見れば我々の未来まで盗みる事ができ──」
「それはダメだ。知的生命体の研究という本来の趣旨から反れる」
我々がシミュレータを開発したのはここにある。
人類やその他の生物が地球と違う環境ではどう進化するか、ソレが目的なのだ。
偶然上手く行ったケースを悪用するのはお門違いだ。
「それに、コレを奪い合う戦争が起きる可能性も捨てきれない」
未来を読める代物など、世界が黙っているハズがない。
下手な事をして取り返しが付かなくなってしまえば、どうしようもない。
「…軽率でした。では取り敢えず、今回はここまでにしますか」
「そうだな。電源を切れば、実験データは自動で消去されるんだったな」
S君は頷くと、パソコンのボタンに手を伸ばす。
人類の未来を見られるデータを消すのは惜しいが、致し方ないだろう。
画面はプツッという音を立てながら暗転する。
溜まった疲れと達成感が一気になだれ込んだ。
「S君。レポートを書いたら、今日は飲みに行こうか」
「良いですね。早く仕上げてしまいます」
「…博士。実験中、ふと思ったのですが。あるいは僕達も───」

 

──────プツッ。